日誌

落ち着いてください。

君には書きたい物があるか

昔、と言ってもほんの20と数年ほど前、

まだ自意識を拗らせた人たちが個人掲示板を日記代わりにしていた頃の話である。

自意識を拗らせた中2こと当時の私は、小学生時代から数年に渡り書いてきた日記をインターネットの波に載せたかった。

 

無料素材を日々漁り、如何にかして無料掲示板をそれっぽくして、カウンター(アクセス数を表示する物。最近見ない)などの小物を置いたりと中坊のわりに結構頑張っていたと思う。

ブログサービス開始時には早々に飛びつき、脱ブログした大学卒業までの間に数あるブログサイトを移転した。

今となっては中高で何故この遊びに熱中したのか分からない。

 

当時の自分もそんなことを思ったのか、大学時代にはこの遊びに意味を持たせる方向に走り出した。

大学前半は運よく持病が爆発して日々の闘病記を公開し、後半は創作活動の拠点としていた。

当時ブログ最盛期だったこともあり、細々となりに色々な人と交流していたと思う。

結局その交流の一端がきっかけでブログから離れることになるのだが、いつか何かのついでに書くかもしれない。

 

 

そんなブログとの、切ってもきれぬスライムの様な人生。

本来絵よりもよっぽどかけてきた時間が長いのに、なぜライターにならなかったのか。

答えは簡単である。自分の記事がクソつまんねーと思っているからだ。

 

何かしら書きたいものがあるとしても、他人に読ませる仕様になっているかが何だかんだブログか公開俺日記の違いなのだと思う。

自作の適当に作ったけど割と美味い料理と、不特定多数の他人に振る舞えるお店の料理は全然違うのと似た様なものではなかろうか。